一言で
インコタームズとは、国際商業会議所(ICC:International Chamber of Commerce)が定める、貿易取引での費用負担とリスク移転地点を示す国際統一ルールです。SAPでは得意先マスタや販売伝票ヘッダに設定し、運送料・保険料・通関責任をどちらが持つかを明確化します。
なぜインコタームズが必要か
国際取引では、商品が倉庫を出て顧客に届くまでに輸送・積込・通関・保険・関税など多数の費用が発生します。これを「どこまでを売り手が負担し、どこからを買い手が負担するか」を都度交渉するのは非効率です。
インコタームズがないと、次の問題が起きます。
- 運送中の事故責任がどちらかわからず保険求償で揉める
- 関税・輸出入申告の担当者が決まらず通関で止まる
- 請求書に運送料を含めるか否かで金額計算が属人化
- SAPでの価格条件(運送料チャージ)の適用可否が決まらない
逆にインコタームズを明示すれば、契約・請求・保険・物流の全てが1つの3文字コード(FCA・CIF・DAP等)で統一的に管理できます。
全体像の位置づけ
flowchart LR S[売り手
自社] -->|EXW 工場渡し| F[工場出荷] F -->|FCA 運送人渡し| EXP[輸出通関] EXP -->|FOB 本船積込| SHIP[本船輸送] SHIP -->|CIF/CFR 指定港着| IMP[輸入通関] IMP -->|DAP 仕向地持込| B[買い手
顧客] IMP -.->|DDP 関税込持込| B style SHIP fill:#f0f6ff,stroke:#0053F4,stroke-width:2px,color:#0053F4
インコタームズは「どの地点でリスクと費用が売り手から買い手に移るか」を定義する分岐点マップです。
主要条件の一覧
| コード | 名称 | リスク移転地 | 売り手の負担範囲 |
|---|---|---|---|
| EXW | Ex Works(工場渡し) | 売り手工場 | 出荷準備のみ |
| FCA | Free Carrier(運送人渡し) | 指定運送人 | 輸出通関まで |
| FOB | Free On Board(本船積込渡し) | 本船船上 | 積込まで(海上のみ) |
| CFR | Cost and Freight(運賃込み) | 本船船上 | 運賃は売り手負担 |
| CIF | Cost, Insurance and Freight(運賃保険料込み) | 本船船上 | 運賃+保険料 |
| CPT | Carriage Paid To(輸送費込み) | 最初の運送人 | 輸送費 |
| CIP | Carriage and Insurance Paid To | 最初の運送人 | 輸送費+保険 |
| DAP | Delivered at Place(仕向地持込渡し) | 指定仕向地 | 輸入通関除き全部 |
| DPU | Delivered at Place Unloaded(荷降し込) | 指定仕向地(荷降し後) | 荷降しまで |
| DDP | Delivered Duty Paid(関税込持込渡し) | 指定仕向地 | 関税含め全部 |
EXWは売り手の負担最小・DDPは売り手の負担最大という両極端になっています。
具体例:自動車部品メーカーI社の場合
I社は日本からドイツの顧客J社に部品を輸出しており、契約により「CIF Hamburg」で取引しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 売り手の負担 | 日本工場→横浜港→本船→ハンブルク港までの運賃・保険料 |
| 買い手の負担 | ハンブルク港での輸入通関・関税・国内輸送 |
| リスク移転 | 横浜港で本船に積み込んだ瞬間(船上に積んだ時点) |
| SAPでの設定 | 得意先マスタ販売ビュー → インコタームズ「CIF」/場所「Hamburg」 |
SAPでは販売伝票ヘッダに自動コピーされ、請求書・船積書類に印字されます。運賃・保険料は価格条件(Condition Type)でチャージされ、原価計算にも反映されます。
技術的な位置づけ
- SD(Sales and Distribution:販売管理)とFT(Foreign Trade:外国貿易)の両モジュールで使用
- 得意先マスタ(販売エリアビュー)のデフォルト設定項目
- 販売伝票(受注/出荷/請求)ヘッダにコピーされる
- 発注側ではMM(Materials Management)の仕入先マスタ・購買発注にも同様の項目がある
- インコタームズ2020が現行バージョン(S/4HANA標準搭載)
カスタマイズパス(IMG:Implementation Guide、SAPの設定ガイド)
SPRO > 販売管理 > 基本機能 > インコタームズの定義
SPRO > 販売管理 > 基本機能 > インコタームズテキストの保守
SPRO > ロジスティクス - 全般 > 外国貿易 / 通関 > 基本データ > インコタームズ
主要テーブル
| テーブル | 内容 |
|---|---|
| TINC | インコタームズマスタ |
| KNVV | 得意先マスタ販売エリア(インコタームズ項目あり) |
| VBAK | 販売伝票ヘッダ(INCO1/INCO2項目) |
S/4HANAでの変更点
- S/4HANA 1709以降、インコタームズ2020に完全対応(DPUがDATに代わって追加)
- インコタームズ項目が「場所1(INCO1)」「場所2(INCO2)」の2段階管理に(例:CIF+Hamburg+CIF Hamburg Port)
- SAP GTS(Global Trade Services)連携で、コンプライアンスチェック・輸出入許可管理が強化
- Embedded Analyticsでインコタームズ別の物流コスト分析が可能に
現場でよくある誤解
- 「インコタームズ=支払条件」ではない。支払条件はPayment Terms、別項目
- 「FOBは空輸でも使える」は誤り。FOB・CFR・CIFは海上/内陸水路輸送専用
- 「DDPが顧客に親切」と思いがちだが、関税を売り手が肩代わりするため原価が読みにくくなる
- 「CIFの保険は売り手が全リスクカバーする」は誤解。最低補償(ICC C条件)でOK
実務での決め方
インコタームズ選定では次の観点で切り分けます。
- 輸送モード:海上/航空/鉄道/複合一貫 → FOB・CIFは海上専用、FCA・CPT・CIPは全モード対応
- リスク許容度:どこまで自社がリスクを負うか
- 通関ノウハウ:買い手側に通関体制があればDAP、なければDDP
- 価格表示の統一:同一顧客グループには同一インコタームズを使うのが原則
- 保険料の負担:CIF系かDAP系かで保険会計が変わる
インコタームズは「契約・物流・会計・税務」を一言で縛るため、営業担当の独断で決めさせず必ず物流・経理と合意形成してください。
トラブル事例
- 営業がEXWで受注したが工場側がトラック手配まで行い、費用負担が曖昧化
- CIF契約なのに保険付保を忘れて海上事故時に全損を自社負担
- インコタームズ2010の旧コード(DAT等)を得意先マスタに残したまま運用し、監査指摘
- DDP契約で関税を原価計上し忘れ、粗利が架空に見える状態に
FAQ
Q. インコタームズはSAPで変更履歴を追えますか?
販売伝票の変更履歴(CDHDR/CDPOS)で追跡可能です。得意先マスタもマスタ変更履歴で遡れます。監査対応では必須の確認項目です。
Q. 同じ顧客でも商品ごとにインコタームズを変えられますか?
原則は得意先マスタ単位でデフォルト値が決まりますが、販売伝票ヘッダで明細ごとに上書きは不可(ヘッダ項目のため)。商品ごとに変えたい場合は、受注を分割するか、販売組織・流通チャネルを分ける設計が必要です。
Q. 国内取引でもインコタームズを設定しますか?
日本では商慣習上EXW・FCA相当の「工場渡し」「車上渡し」などが使われ、インコタームズを正式には使わないことが多いですが、SAPでは空欄を避けるためダミー値(例:EXW)を設定するケースもあります。
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